古代望診法の真実

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古代の望診法を理解していただくために

東洋医療技術研究会主催の勉強会で明治国際医療大学の渡辺教授に古代に存在した望診法についての講演をお願いしました。その講演動画をメルマガ登録された方に無料で視聴していただきます。

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望診法の真実

古代に存在した「望診法」はダイレクトに気と経絡を見る技術だったのではないかと考えています。

 

3000年以上前の診察法の言葉に「望んで知る、これ神」という言葉があります。

 

この言葉は現代では、見ただけで診断ができるのは神様のようなものだ、という意味に解釈されています。

 

しかし、この言葉がつくられた(約3000年前)当時の「神」という漢字の意味は現代のような神様仏様のような意味ではなく、

神=自然(の気の流れ)という意味であったのです。

 

つまり、「望んで知る、これ神」の意味は、まず望診で気の流れを見ましょう、という意味であったのだと思います。

 

ですから、望診は診察手順の第1にくるのです。

 

四診合算という言葉があります。

 

望診、聞診、問診、切診の総合評価で証決定をしましょうという意味にとられています。

 

ですが、古代の望診のあり方を考えると、四診合算ではなくて、四診はその手順どおりに並んでいるだけです。

 

最初に望診で気の流れを把握しましょう、次に聞きましょう(聞診)、問いましょう(問診)、切(触診)してみましょう、と続いていくのす。

 

診察の手順としてまず望診ありきで、ここで患者の体のバランスが自然な状態(元の健康な状態)からどれくらい逸脱していて、どこに異常があり、どこが治療のポイントかを把握してしまいましょう、とうのが望診なのです。

 

ですから、望診というのは、神業だという意味ではなく、通常の診察手段として、最初に来るべきものなのだと考えております。

 

さて、ここで古代に存在した望診法の真実を追求した学術論文を紹介させていただきます。

 

下記は古代望診法についての学術報告で、発表は藤木実先生です。

 

藤木実先生への謝辞。

 

鹿児島での望診勉強会においては大変お世話になりました。まったくの初心者の私にとても分かりやすく解説していただき、とても勉強になりました。ありがとうございました。

 

以下本文です。

 

藤木実(鹿児島鍼灸専門学校 教諭) 第55回全日本鍼灸学術大会より抜粋

 

鍼灸臨床で経験する身体に現れるスジを、私達 は「経絡」だと思っています。

 

「経絡」は五感で は認知することはできず、従って描写することは できません。

 

それを描くには、「経絡」を認知す ることができる「五感以外の特殊な感覚」が必要 です。

 

私達はその特殊な感覚を用いて、身体に現 れて判別できるスジをなぞって鍼灸経絡治療を実 践しています。

 

私達のこの感覚の存在を知ったこ とで、東洋医学に対して全く新しい解釈を持つよ うになりました。

 

「氣・経絡」という言葉があります。東洋医学 関係者はもちろん、最近では一般の方にも耳に馴 染んだ言葉となりました。

 

しかし、治療者がこれ らの言葉を使うとき、「氣・経絡」といった人間 の五感(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚)ではと らえられないものが、本当に存在するのか?とい う疑問が必ず、何時もついて回ります。

 

この命題 に対しては、現代の東洋医学界でも賛否両論があ り、共通の見解は出されていません。

 

自然科学的 な手法をはじめとして、さまざまな研究が試みら れていますが、依然として未解明のままです。

 

また、一方では東西両医学の「融合、補完」が、 一種の流行のように声高に叫ばれています。聞こ えの良いスローガンですが、その言葉の意味を考 えると、「融合:二つ以上のものが一つになるこ と」 、「補完:足りないところを補って完全にする こと」は、両者が対等でない限り、「吸収合併」 に終わる可能性が高いのではないでしょうか。

 

そ して残念ながら、両者の立場は対等であるとはい えません。一般的に「現代医学」とは、「西洋医 学」のことだと考えられているのです。

 

それに対し、「東洋医学」は「医学」という言葉こそつい てはいるものの、「西洋医学以外の代替医療の集 合体の一部」という認識をされているようです。

 

したがって東西両医学の「融合、補完」とはその 実、「西洋医学による東洋代替医療の吸収合併」 に他なりません。

 

上述の東洋医学を取り巻く問題について論を進 める前に、「科学的思考」についての、考えを述 べたいと思います。

 

「科学的方法について……構 造主義科学論の考え方……」(池田清彦、日東医 誌 Kampo Med Vol.57 No.2 173-184,2006)の 要旨に【広く信じられていることと異なり,科学 は真理を追究する営為ではなく,何らかの同一性 により,現象を説明する営為である。】という一 文があります。 私はこの考えは真実の一面を表 していると思います。

 

「科学的思考」とは、事実である「観察したあ る現象」から「何らかの同一性」を導き出し、そ れによって、その現象を説明する、要素還元主義 に基づく思考だと言えます。西洋医学は、科学的 思考に基づいているので、現象の説明に必要であ る同一性としての「細胞」や「遺伝子」はいずれ も確実な「実体」として、その存在をとらえるこ とができます。

 

東洋医学は、導き出された「何らかの同一性」 が、「実体」ではなく、古典に述べられた東洋哲 学の概念に基づいているため、実体として捉える ことはできません。

 

また、基本法則とされる「陰 陽論・五行説」なども、東洋哲学に基づいた理論 です。

 

したがって、これらの説による東洋医学は、 どう追求しても、「空理空論」の域を出ることができません。

 

東洋医学が「西洋医学以外の代替医 療の集合体の一部」とみなされるのも無理からぬ ことと思います。

 

以上の点を踏まえて考えると、西洋医学での解 剖学・生理学・病理学などに基づいて東洋医学の すべてを解明して、東洋医学と西洋医学との融合、 補完を容易にしようと試みても、その手法で捉え られる融合の対象は、古典の概念を基礎とした 「科学」と認めるには値しない東洋医学となります。

 

東洋医学では古典の理論を重視し、その診療法 を実践、追試する方法が行われていて、「氣・経 絡」の学問的存在の根拠も古典に求める姿勢を取っていますが、東洋医学の完成後、古典が成立した のだと仮定してみても、その完成〈発見から記載 〉に至った経緯が古典からは読み取れません。

 

古 典は何を根拠にして書かれたのでしょうか? このような方法で、東洋医学の最も要となる 「氣・経絡」といった、五感では捉えられないも のが解明される日が来るのでしょうか?

 

人は何故という疑問が起きたとき、その疑問に 的確な答えをさがします。

 

古典に記された事柄の 大部分が事実であると認められると、その事柄が 導き出された理由、根源となるもの(実体と本質) は何かを知ろうとします。

 

①生薬の薬効の中でみられる、現代の薬理学の理 論では説明しかねる現象、「本草・握薬薬理学」

 

②鍼灸で経験する、種々の不可解な、現代生理学 では説明できないと思われるような、身体の反 応現象、「明堂孔穴・鍼生理学」

 

③現代の自然科学の範囲ならびに手法では、実在 証明が非常にむずかしく、むしろ証明不可能で あると思われますが、証明不可能ではあっても 100%の再現性がある(何らかの本質、即ち法 則が支配する)確かな(何らかの形で診断・検 出できる)身体の反応現象、「氣と經絡の伝統 医学」 これらの現象は、潜象界(氣と經絡)の現象と しか説明のつかない現象です。

 

ここで、古典成立以前の「医療の起源」につい て考えてみます。

 

ご存じのように、他人に治療と いう行為を行うものは人類だけです。

 

このことから、人類と他の生物との間には、進 化の程度以外に、いくつかの根本的な相違がある と思われます。

 

まずは、自己以外の他を気づかう 心を持ち得たこと。

 

そして、人類は自己を環境に 適応させるだけでなく、環境を自己に適合させる 知恵を持ったからではないかと考えます。 これを踏まえて、想像するところを述べてみま す。

 

身体能力が、他の動物よりも恵まれていなかっ た人類は、それぞれ「群れ」を作って暮らすよう になりました。

 

やがて、その単なる「群れ」が、 人間の他を意識する心、即ち、互いの状態を気に かける心のために、社会性を持った「集団」に昇 華し、その共同生活のなかで、個々の役割が生じ ました。

 

そして、仲間が病気や外傷を負って苦し んでいるとき、その快復を祈り、いろいろな手段 を講ずるようになりました。

 

これが医療の原点で あり、その根底には思いやりの気持ちが流れてい ます。

 

そして、祈祷、その他のさまざまな方法が 試みられ、その過程で、治療という行為が進歩し ていったのだと思います。

 

以上が、洋の東西を問わない、医療の起源だと 思います。

 

そしてこれらの「診療行為」には、な んらかの「診療の拠り所となったもの」があった と思われます。

 

それは、患者の病状により種々に 変化する「氣・経絡」の状態であり、それを病気 を診療するための基本となる実体として捉えてい たのではないかと考えます。

 

「氣・経絡」の状態は、「五感以外の感覚」に よって知るのですが、この感覚は鋭鈍の差はあっ ても、当時の人は誰でもが持って生活していたの だと思います。

 

この「五感以外の感覚」について考える前に、「五感で認識可能な範囲を超えた世界」について 考えてみたいと思います。

 

現在、我々人類は「五感の世界」で生活してい ます。

 

この世界での現象は「五感で観察される事 実」であるため、この世界を五感でとらえられる 〈現れた〉〈象(かたち)〉の〈世界〉、すなわ ち「現象界」と呼びます。

 

人類が発生して間もないころは、前述の「氣・ 経絡」を認知できるような「五感以外の感覚」が普通に用いられて生活していました。

 

五感以外の感覚でなければ認知できない世界を 〈裏に潜む〉〈象(かたち)〉の〈世界〉、すな わち「潜象界」と呼びます。

 

現象界 〔五感の範囲〕 は、潜象界の一部に重なっ て存在しています。現象界は潜象界の中で五感が 通用する世界です。

 

したがって、現象界での現象 の背後には常に、潜象界での現象が存在していて、「現象界の法則・実体」の背後には常に、 「潜象界 の法則・実体」が存在していることになりますが、 この潜象界の部分は五感では捉えられないため、 当然、自然科学では切り捨てられています。

 

また、 現象界とは重なっていない、潜象界だけの世界で の現象、例えば「氣・経絡」は、五感で捉えるこ とは当然不可能で、どうしても「五感以外の感覚」 が必要になってきます。

 

現象界で、ある事象を感じ取ることを、「感知 する」といいます。

 

「感知」は五感を通じて可能 になる行為です。それに対して、五感以外の感覚 を用いて潜象界の事象を感じ取ることを、「印知 する」と表現します。

 

「印知」は「五感以外の感 覚」を通じてはじめて可能になる行為です。

 

「印知」はすべての生物に共通と思われる(生 命維持のための)「五感以外の感覚」です。

 

例を あげると、渡り鳥が正しい方向に旅することや、 単細胞生物が誤らずに補食活動をすることなど、 現代人の常識では理解しにくい行動には、「印知」 が関与しているのではないかと思います。

 

このような「印知」能力は、はるか以前の古代 人は持っていて、前述したように、病人を治療する際には、その異常な「氣・経絡」の状態を拠り所にしました。

 

古代人は、「氣・経絡」の状態を、 病状からの「同一性」の実体としていたのです。

 

即ち、人が病気になると自然界のあらゆるものを 利用したり(湯液療法の始まり)、体にいろいろ の刺激を加えたり(鍼灸手技の始まり)して、 「氣・経絡」の異常な状態を正そうとしました。

 

その診療の具体的な方法は、それぞれの地域に よって得られる素材や寒暖燥湿などの気候の違い によって、一見ばらばらに見えても「氣・経絡」 の状態が診療するときの実体として共通である限 り、治療行為そのものはばらばらにはなりません。

 

このような治療方法が独特の医術を形作ったので はないかと考えます。

 

これら古代の治療は宗教や信仰と密接に結びつ いており、治療者は多くの場合「シャーマン」や 「巫女」であり、且つまた「為政者」の立場になることもあったでしょう。

 

しかしやがて、「集団 内での個々の役割分担」が明らかになるにつれて、 「医療の職業化」が起こり、印知能力のすぐれた 専門的な治療者が生まれ、この印知能力は個人か ら個人へ個々に伝承されたと思います。

 

時代を経 るに従って印知能力を有する人間がその数を減少 させていったであろうことは容易に想像できます。

 

したがってこの医術の伝承は、次第に困難になっていったと思われます。

 

そして、人類が記載に必要な「文字」を手に入 れたとき「印知」能力を保持する治療者が途絶えてしまう事態に備えて「治療法を文字で記載する」 行為が始まったのではないかと思います。

 

折から 大量の情報の伝達が可能になった「紙」と「書物」 が発明されて、大勢の人が理解できる「一般化さ れた具体的診療方法」とそれに伴う様々な「理論」 が記載されました。

 

しかし、診療の要であった 「印知」能力については、言葉や文字だけでの伝 承が不可能なため、記述することができませんでした。

 

「古典」はこのような経緯で書かれたのだと思 います。

 

つまり「古典」とは「完成した東洋医学 を記した文献」ではなく、「東洋医学の起源を記 した文献」でもない、「東洋医学のある途中での 記録」だといえます。さらに後世、理論を修正し、 後付したのだと思います。

 

『書は言を尽くせず、 言は意を尽くせず。』(易經)「古典」には文字と しての陽の部分〈能記〉と臨床的事実ではあっても文字には書けない陰の部分〈所記〉があり、そ こ(行間)には言と意を含んでいるのです。

 

従っ て本当に理解するには陰陽の両方を再現、実践す るしかないのです。

 

「古典」には術(氣滯を印知 する方法)の記載がないのです。

 

医療の起源について

①古典成立以前の古代人は「印知〈望診・切診〉」 能力によって治療した。

 

②「印知」能力は、すべ ての生物が持っている。

 

③「印知」能力は言葉では伝えることができず、体験によってのみ習得で きる。

 

医術から医学への変遷について

①古典成立時「具体的な診療方法〈臨床各論〉」 と「その一般化されたもの〈臨床総論〉」と、そ れに伴う様々な「理論〈作業仮説〉」が記載され たが、医療の要であった「印知〈望診・切診〉」 能力は記述から外されてしまった。

 

②古典を記述 するとき、古代からの医術をできるだけ矛盾なく 「五感の範囲内で説明」するための種々の理論づ けをした。

 

③古典成立以降、東洋医学は古典を聖 典扱いしている。

 

先に述べたように、文明の発達に反比例するよ うに、印知能力は失われていったように見えます が、印知能力は人類から完全に「亡失」してしまっ たのではなく、「忘失」されているだけで、再獲 得できるはずです。

 

この印知能力を多くの人が取り戻せば、東洋医 学は「氣・経絡」という「実体」を根拠に据えた 医学として再編されるでしょう。

 

古典の内容も、 まったく違う観点から、検討・追試がなされ、再 評価されることと思います。

 

そうなったとき初め て、東洋医学は、西洋医学の属する世界(現象界) と異なる世界(潜象界)での学問として特異の価 値を持つようになり、東西両医学の協力が論じら れるようになるでしょう。

 

 

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管理者プロフィール

東洋医療技術研究会

現代表は勝木れい子

鍼灸師(赤門鍼灸専門学校卒)

経絡治療学会の学術部長を経験

のち「気と経絡」の研究に没頭する。

現在は望診法講座「気流診」の講師

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